シュモーさん

久しぶりに『アンビリーバボー』を見ました。

二つ目のエピソードで取り上げられたのが、アメリカ人のシュモーさん。

存在すら知らなかった人でした。

第2次世界大戦中、アメリカに住む日系人が収容所に追いやられる等の困難にある中、同じ人間じゃないかと、大学での教職を辞して、彼らを物心両面で支援する活動をしました。戦争真っただ中に敵国日本をルーツに持つ日系人を支援したアメリカ人がいたというだけで、ビックリしました。
やっぱりキリスト教精神はスゴイ! とあらためて感嘆しましたが、シュモーさんの活動はそれにとどまりませんでした。

広島への原爆投下で、罪のない民間人が10万人以上犠牲になったことにショックを受けた彼は、焦土となった広島の地に家を建てることを思い立ちました。
周りの冷ややかな反応に屈することなく、募金活動や軍・政府への渉外を続けて、4年後仲間と広島を訪れ、自ら汗を流しながら広島の人のために家を2軒建てました。単に原爆で破壊された家を再建するという目的ではなく、日本人とアメリカ人が共に家を建てる作業を通して、相互理解を深め、同じ人間として平和に生きていきたい、その象徴としての家を建てようとしたのでした。
その後更に10数軒、そして長崎にも、朝鮮戦争で廃墟となった韓国にも、家を建てる活動を続けました。

今は感動の余韻が残っていて、今夜知った事実だけを書いていますが、多くの皆さんにも知ってほしいと思います。

戦後72年、シュモーさんが広島に来て68年経って初めて、そんな生き方を貫いた人がいたことを知った晩でした。

小林麻央さん追悼特番を録画予約しました。

日本中が大きく胸打たれた小林麻央さんの生きざま、そして旅立ちのさま。
私もその一人です。

半端ないインパクトを受けました。

23日の午後、テレビをつけたら海老蔵さんの記者会見が始まりました。
「愛してる」と言って旅だった。
「自分を変えた奥さん」
・・・

そこで語られる愛の大きさ・強さに涙しながら、自分はなんと小さな事で葛藤しているのか、と気付かされました。そんな負の要因に振り回されていては、人生勿体ない!と。

翌日も、その翌日も、ニュース番組をつければ麻央さんのことが報じられ、その度に(同じことを聞いていても)涙を流しました。

今夜の特番の録画は、
この先私がまた些細な事で心が乱れた時、
見る為です。

東日本大震災の後、被災した校舎で行われた中学校の卒業式、
答辞で、涙を必死にこらえながら、
なぜこんな事が自分たちに起こるのか、分からないけれど、
「天を恨まず」生きていく、と言った中学生の姿に
私をはじめ多くの人が感動し、教えられました。
今でもそのことを語ると、目頭が熱くなります。

麻央さんの生きざま・愛しざまは、その中学生の言葉に負けないくらい、私を支えていってくれるでしょう。

“終活”なるもの

日曜日、知人のお葬式が二つありました。
80才と88才。どちらも真面目に一生懸命生きてこられた方でした。

式では、お子さんたちや奥様の、故人への言葉や参列者への挨拶で、涙・涙…また涙。

聞きながら、自分が逝く時は、どれくらいの人が参列してくれるかなぁ、どんな言葉をかけてもらえるかなぁ…などの思いがよぎりました。

巷では「終活」なる言葉が生まれ、逝く準備をどうするかが色々語られています(『…エンディングノート』なる本も以前出版社からいただきましたが、勿論手付かずです^^;)。

形も大切ですが、惜しまれるような生き方をすることが、私が心がけたい「終活」かな、と感じた日でした。

“The Shack” (『神の小屋』)

我が市の図書館には、アメリカの姉妹都市から贈られてきた書籍コーナーがあります。その恩恵をしっかり受けている私。2・3年前事故後に安静にしていた時期にも感動的な本との出合いがありましたが、昨年秋にはそれ以上の感動モノが…!

それが、”The Shack” (邦題『神の小屋』)という小説でした。

深い!…とにかく深いです!

キリスト教が背景にありますが、誰もが一度は疑問に思ったことのあるテーマが扱われているので、信仰の如何に関わらず読めると思います(一部のキリスト教会からは異端視され読まないよう言われているそうです)。人生における様々な不条理をどう受け止めて生きていくのか、主人公の人生を軸に、特別な存在との対話を通して、掘り下げられていきます。

読後、ネットで調べたら、自費出版からベストセラーになったとのこと。今月映画も公開されました。(すみれさんが主要キャストでハリウッドデビューした作品でした!)映画『アバター』の主演男優が主役を務めていることからも力の入れようが分かります。

日本で公開されたら話題になるだろうと思っていたのですが、日本での公開は未定と知り(残念!)、ブログで紹介しておこうと思った次第です。

日本語版が出ているようですので、関心ある方は是非本を読んでみてください。^^

私は沢山涙を流し、心が洗われました。

「すべて時にかなって美しい」

『新・良妻賢母のすすめ』をもとにした講座でお話しするのやめて、もうすぐ半年となりました。
時間が沢山余るかなぁと思いきや、結構忙しくしています。

自分の周りで起こる色々な事を見ると、
講師をやめて、他の方たちにバトンを渡して、よかったと思います。
宇宙の摂理とでもいうのでしょうか?(この表現、普通使わないかな?^^;)

若い時に聞いて印象に残った聖書の言葉、
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」

今あらためてしみじみと感じています。

来年はどんな事が起こるのでしょう?^^

勝手に心配、勝手にイライラ

この週末、友人の結婚式に出席する為、息子が帰省しました。
主人も大役を仰せつかり、父子で参加です。前日から午前と夕方2回の打ち合わせに出て、二人とも招待客というよりは、半スタッフ状態。当日は、開始の2時間ほど前に会場入り。

朝9時には家を出ると言ってたのに、主人はギリギリまで原稿を見ながら練習。息子は7時に起こしてと頼んでおきながら、8時前に部屋から出てきてシャワー。どちらも9時に出かけられそうに見えません。

講座では、相手を信頼して任せる、相手のやり方・ペースを尊重する、心配は信頼の欠如、等々語っている私です。仮に遅くなっても彼らの責任、ということも頭では分かっています。

が、

主人一人ならもっと穏やかでいられたと思いますが(積み重ねてきた歳月もありますし)、ダブルで来られると…これがなかなか…

主人と息子、それぞれのペースと時計を見ながら、勝手に心配し、一人でイライラしている私がいました。

でも、大丈夫!

最強の表現法を持っているのです。
「プンプクプ~ン!」

抑え込まず、穏やかでいられない自分にダメ出しもせず、周りに負の波動を送らない、怒りやイライラの表現法。そう、『新・良妻賢母のすすめ』でいうところの「子供のような怒り方」です。
前日には、「はいはい、僕がお母さんの怒りを受け止めといてあげたよ」と、息子が(偉そうに)言う一幕もありました。

平和です。

悲しみの中にも…

30数年来の友人の家庭に悲しい出来事がありました。

彼女が東北に嫁いで行ってから会っていませんので、かれこれもう20年以上顔を見ていません。手紙や年賀状、たまの電話くらいのやりとりしかありませんでした。最後に電話で話したのが、東日本大震災直後。声を聞き、無事を確認できて、安心していました。

あれから5年半。

たまたま間接的にその悲しいニュースを知った私は、事情を知る彼女の地元の友人から経緯を教えてもらいました。
そして、周りの人たちが彼女の家族のためにしてくれた事を知り、悲しみの涙と共に、人の温かさに触れた感動の涙が流れました。「本当に有り難うございました」という言葉が何度も出てきました。

相応しい表現か分かりませんが、
人間って、捨てたもんじゃない!

いつも希望の光は射している、……そう感じました。