70年目に言った「生きててよかった」

テレビからの話題が続きますが…
日曜日『さんま玉緒の夢をかなえたろかSP』という番組を初めて見ました。7時のニュースの後、消去法で選んだチャンネル。キムタクが出るというのが、ミーハーの私には決定要因でした。^^

キムタク後、板津忠正さんという方が紹介されました。特攻隊でただ一人生き残った方だそうです。出撃するもエンジントラブルで不時着。2度再トライするも、いずれも悪天候で飛べず。終戦後もず~っと死ねなかった自分を責め続け「死ねばよかった」が口癖でした。

公務員として働き、結婚して2子をもうけますが、特攻隊仲間の出撃前の様子を遺族に伝える作業を始めます。やがてそれは1036人全員の遺影を集める作業になっていきます。名簿等一切残されていない中、たった一人で一片の情報があればどこへでも足を運びました。毎週末、自費での歩みは30年ほどに及んだでしょうか? その膨大な資料は知覧特攻平和会館に収められ、多くの遺族の慰めになっています。

家族を顧みることもなく、莫大な時間とお金を遺影探しに費やした板津さんの奥様は、そんな夫をどう思ってきたのでしょうか?

彼女の言葉を驚きをもって聞き、尊敬の念を覚えた女性は、私だけではないでしょう。

一つの事に熱中する夫をカッコいいと思った。

彼女の口からは、不平不満は全く出ませんでした。「死ねばよかった」と言いながら遺影探しを続ける夫をひたすら応援してきたのでした。

そんな奥様に対して89歳になった板津さんは、随分迷惑をかけたので最後に奥さん孝行したい、と奥様に歌舞伎のチケットを誕生日プレゼントとして渡します。

感謝の言葉と共に。

そして、

「生きててよかった」と言ったのです。初めて・・・!

その言葉が、何よりの奥様へのプレゼントだったのではないか…と私は勝手に想像していました。

そして、この番組を主人と一緒に見れた私は幸せでした。

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70年目に言った「生きててよかった」」への2件のフィードバック

  1. 良子

    今晩は。良子です。
    私も見ました!
    そして、奥様の喜びを素直に言葉にされている姿に『愛され妻』だな〜と幸せな気持ちになりました。

    あのお二人は愛し愛される関係〜私もそうなりたいな〜と改めて感じましたよ^o^

    きっと愛され妻の勉強をして無かったら、こんな風には感じれなかったな〜とも思います。

    いいね

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